インタビュー 高橋伸夫氏:虚妄の成果主義からへ

虚妄の成果主義』(日経BP社)や『<育てる経営>の戦略』(講談社メチエ)を相次いで出した高橋伸夫氏へのインタビューです。


インタビュー 高橋伸夫氏(東京大学大学院経済研究科・経済学部)
10年先にあるべき経営を自ら考えよう!

前編:「成果主義」も、「ITマネジメント」も他人のモノマネでは役に立たない
後編: 不確実な時代だからこそ、最先端を鵜呑みにするのではなく足場を固めよ

バブル崩壊後、「成果主義」や「能力主義」による人事制度や評価制度が多くの企業で導入された。一時は人件費削減や、社員のモチベーションを高められるのではないかという期待で着目されたが、景気が一段落ついた昨今、「成果主義は失敗だった」「年功制に戻した」という企業の経営者や人事担当者も増えてきている。

●今回のインタビューは、ズバリ「成果主義は失策だ」という主張を持ち、反対論を展開している東京大学 大学院経済研究科・経済学部教授の高橋伸夫氏。『虚妄の成果主義』で成果主義の成否に関する論議を巻き起こし、最新刊の『〈育てる経営〉の戦略』では、日本の経営者は今こそ日本型年功制に立ち戻ることによって、組織や人材を育てながら充実させていくことが必要だと説く。

●バブルが崩壊し、思考停止に陥った企業経営者はわらをもつかむ思いで、リストラと成果主義導入に走ったに違いない。しかし、それで企業は短期的に生き延びることはできたとしても、これからの時代にどのように成長していくのだろうか。不確実な経営環境だからこそ、10年先の経営の要となる人をしっかりと育てておく必要があるのではないか。高橋氏のメッセージを以下に紹介する。

本来、職務遂行と職務満足は一体のものです。しかし、ここに「お金」が割って入ることによって、職務遂行と職務満足が分離してしまうのです。すると「職務遂行 → 金銭的報酬 → 職務満足」、さらにこの職務満足から次の職務遂行へとつながるサイクルができたように見えます。しかし、これが曲者なのです。

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「<育てる経営>の戦略」(講談社・選書・メチエ)75ページ

 第一に、それまでは仕事をすること自体が「内発的動機づけ」されていたのに、お金という「外的報酬」によって仕事をすることになり、内発的動機づけが阻害されて、仕事では満足できなくなるのです。

 第二に、「職務遂行 → 金銭的報酬 → 職務満足」というサイクル自体がうまく回らないのです。先ほどのユダヤ人の洋服店の場合には、金銭的報酬が10分の1に下がったことでモチベーションも下がってしまいました。しかし同じような現象は、こんなに極端に金額が下がらなくてもすぐに発生します。要するに、お金が職務遂行に完全に連動していない限り、このサイクルは回らないのです。

 もし「仕事をしたらお金をもらえて満足だ」というサイクルでうまくいくと言うコンサルタントがいたら、クライアントは、それなら、成果と完全に連動した給与システムを責任持って提供してくれと言うべきです。しり込みするでしょうね。なにしろ、そんな給与システムの開発には、これまで誰一人として成功していないからです。

 実際、モチベーションの論文などでは、職務遂行と金銭的報酬の間の連結をわざわざギザキザの「抵抗」マークで書いているものがあるほどで、こんなサイクルは“絵に描いたモチ”、まさに机上の空論なのです。