英訳トラブル

from つーほんメール【第42号】2004年5月7日発行 http://www.tsuhon.jp  

◆日本の文学作品が外国語に訳されて高い評価を得る
作家、桐野夏生さんの小説『OUT』の英語版が、アメリカ探偵小説クラブのエドガー賞最優秀作品賞の候補作品にノミネートされ、結局、受賞にはいたりませんでしたが、日本のエンターテイメント小説がミステリの本場で評価されたことは、日本人として誇らしいことです。...
◆翻訳が原作の価値を下げてしまうリスクも・・・
ですが、訳されていればどんな翻訳でもよいわけではありません。ある翻訳家は、「原作がもつ力があるので翻訳家が原作の価値を30点下げることはあっても、半分以下に下げることはない」と言い、また、「いくら翻訳が優れていても、1点押し上げることはあっても10点上げることはない」と述べています。... 英語から日本語への翻訳以上に、日本語から英語への翻訳は深刻です。書かれてある英文が英語として充分にニュアンスを伝えているかは、相当英語が堪能な人でもなかなかわからないものだからです。
◆英語が堪能ならば、相手に伝わるという落とし穴
これは、アメリカに15年以上暮らしたある日本人から聞いた米国滞在中の話しです。ネイティブの同僚と一緒に、テレビで放送している日本の閣僚のスピーチを聞いていました。その閣僚には、日本から同行した日本人通訳者がついており、英訳していたのです。すると、ネイティブが「おい!お前、あの英語、何を言っているのかわかるか? オレにはわからないぞ」と言ったそうです。それでじっくり聞いていると、何を言わんとしているのか日本人にはわかる。つまり、その通訳者の英語は、日本人にはわかる英語だったけれども、ネイティブには伝わらない日本人英語だったんですね。閣僚に同行するほどの通訳者でもそういうことがあるのですから、まして中途半端な勉強をしている人ならばなお一層のこと意味不明な英語を書いたり、しゃべったりしている可能性が高くなります。
◆ネイティブならば、正しい英語が書けるという思い込み
「ネイティブが訳しているから」あるいは「ネイティブがチェックしているから」、その英語は品質が良いと思いこんでいる人が、翻訳会社のスタッフにも結構多くいます。... ところが、ネイティブならばだれでも良いわけではなく、問うべきはどんな英語を書く力があるネイティブなのかということです。たとえば、日本人でも作文の得意な人とそうでない人がいますね。英語ネイティブにも文章を書くのが得意な人と下手な人がいるはずなのです。...
私の知り合いのライターさんは10年前、充電のためにアメリカに渡りました。決して文章がうまいライターさんではありませんでしたが、少なくとも普通の人よりはきちんと書ける人だったと思います。ところが、1年、2年とアメリカ滞在が長くなるにつれ、どんどん日本語がおかしくなるのです。日本語力の衰えは、最初に執筆記事にあらわれ、そのうち手紙など普段に書く文章に出るようになり、最終的に話し言葉もおかしくなりました。それと反比例するように、英語力には磨きがかかり、英語ネイティブがしゃべっていると聞き間違えるほどになったのです。たとえ母国語でも、意識的にメンテしないと廃れるものだと痛感しました。それは英語ネイティブにもいえるのです。
◆理想の英語作成態勢とは?
一般的に、日本人の書く英語は日本人英語で英語らしくないと言われ、英語ネイティブは原文の読解力、つまり日本語の読み込みに問題がある場合が多いと言われています。和文英訳を日本人、英語ネイティブどちらに依頼してもリスクがあるんですね。... 私は、NHKの夜7時と10時のニュースの音声多重放送用の英語ニュース作成方法が英訳の理想的な態勢と考えています。音声多重放送用の英語原稿は、以下のような手順で作られています。
1)日本人の英語ニュースライターが、日本語のニュース原稿をもとに英語のニュースとして書き起こします。
2)英語のネイティブ・チェッカーが主に英語として自然な英語かをチェックします。
3)さらに、英語が堪能な報道出身のベテラン記者が、最終チェックをします。書かれてある中身のチェックとネイティブが適切にチェックしているかどうかをみるのです。

文章が下手なネイティブってこれか? → WYSIWYG -- "word" of the day(Semantic Compositions, February 20, 2004)
【関連リンク】id:zokkon日本人の書く英語