多和田葉子「アメリカで列車にゆられる」

多和田葉子アメリカで列車にゆられる」日本経済新聞 2005年4月10日 文化面

(…)アメリカの列車には、のんびりとした雰囲気がある。車内がうっすらと暗く、座席も広い。座席がゆったり作ってあるというより、場所を節約するために細かく計算する必要がなかったらしいという印象を受ける。アメリカの列車はスピードも遅いので、窓の外の景色がよく見える。これに比べると、日本の新幹線や、ドイツのICE、フランスのTGVなどは速くて便利だが味気ない。明るくて軽い容器に上手くだまされて入らられ、合理的に運搬されていくような気のすることさえある。

 行きには気がつかなかったが、帰りに早めに駅に着くと、待ち合い室があることに気がついた。セーターにスラックスという普段着姿の女性が使い古した机にすわっていて、隣で子供が遊んでいる。机の横の小さなテーブルにはコーヒーメーカーが置いてあり、「飲んだら50セント入れてください」と空き箱に書いてある。まわりには、ガムやキャンデー、ポテトチップス、ボールペンなどが並べてある。心のこもった並べ方だが、素人の不器用さが隠せず、何だか知らない人のプライベートな空間に入ってしまったようで気が引ける。その代わり、いくら見ていても飽きないし、くつろげる。これに比べると、日本のキオスクも今流行りのスターバックスも、小さなお菓子に至るまで一ミリのずれもなく並べているようで、完璧ではあるが、窮屈で面白みがない。