理解しあうことのない「二つの別世界」の予感(梅田望夫)

from id:umedamochio:20050919:p2

フォーサイト誌9月号「シリコンバレーからの手紙」(108)に書いた「理解しあうことのない「二つの別世界」の予感」

http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u108.html

が、ネット上にアップされました。一つ前のエントリーで書いた講演の感想とも深く関係する内容です。

from シリコンバレーからの手紙108: 理解しあうことのない「二つの別世界」の予感」http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u108.html

 一方「ネットの世界に住む」若者たちに目を転ずれば、私でもついていくのが精一杯というほどの変化が日に日に加速されている。ネット上では、情報の複製にコストはかからないし、情報の伝播は瞬時に起こるから時間遅れも存在しない。リアル世界とは全く違う法則に基づくから、変化の加速感やスピード感は、私たちの想像を大きく超えている。そしてその世界の中心にグーグルがいる。
「これから始まる『本当の大変化』は、着実な技術革新を伴いながら、長い時間かけて緩やかに起こるものである。短兵急ではない本質的な変化だからこそ逆に、ゆっくりとだが確実に社会を変えていく。『気づいたときには、色々なことがもう大きく変わっていた』といずれ振り返ることになるだろう」
 本誌六月号巻頭の「ウェブ社会『本当の大変化』はこれから始まる」を、私はこう締めくくった。しかし人は、ネットの世界に住まなくたって、これまで通りのやり方で生きていける。そう思う人たちがマイノリティになる時代はそう簡単にはやってこない。ゆっくりと確実に変わっていく社会の姿とは、二つの価値観が融合し何かが創造されるのではなく、お互いに理解しあうことのない二つの別世界が並立するようなイメージなのかもしれない。

▼文学的な書き方なので感想しか書けませんが、、、「気づいたときには、色々なことがもう大きく変わっていた」というのは、当然というか、まあそうなのでしょう。「お互いに理解しあうことのない二つの別世界が並立する」というのも、そうかもしれません。ただ、それは2つなのか3つなのか、あるいはそれ以上なのかはわかりません。私が気になるのは、それらの世界をつなぐ「インターフェイス」がうまく形成されるかということです。「インターフェイス」と書くと、なにか確固たる機構なり、装置を想像してしまうけれど、そうではなくて、「対話するためのしくみ」がうまく形作られるかどうかが気になります。
あと、「二つの価値観が融合し何かが創造される」と書かれると、イデア界のことかと思ってしまい、どうも落ち着きません。それより、「二つの価値観が融合し」ないと、どうして「お互いに理解しあうこと」がなくなるのか。そういう論の立て方は性急すぎるか、議論をミスリードする書き方だと思います。