書き出し大全 その2 沼上 幹『失われた10年』のブラインド・スポット

沼上 幹(ぬまかみ つよし)「『失われた10年』のブラインド・スポット ――『リーディングス日本の企業システム第II期 第3巻 戦略とイノベーション』を編集して」(月刊「書斎の窓」2006年6月号 有斐閣

1990年代の日本の経営戦略論研究を振り返るという作業は、若干の好奇心と、後悔の念を抱かせる。好奇心というのは、なぜ「失われた10年」などと言われた経済絶不調の時代に、あれほど多くの優れた経営学研究者たちが日本企業の問題点ではなく、強さの研究に熱中していたのかという問いが、それなりに興味深いパズルを提供してくれるからである。後悔の気持ちというのは、もちろん、その渦中に自分自身もいて、日本の経営戦略もイノベーション・システムも、優れた点が多数あるということを明らかにする研究に筆者自身も従事していたからである。もちろんそれはそれで完全な間違いではないのだが、日本企業、とりわけエレクトロニクス・メーカーを代表とするような、日本の大規模な多角化企業が抱えていた本質的な組織問題・戦略問題に気づくのが2000年代に入ってからになったという点が、日本企業の実証研究を担う者の端くれとして何とも気恥ずかしいのである。今回の『リーディングス日本の企業システム第II期 第3巻 戦略とイノベーション』の編纂に携わりながら、この好奇心と後悔の念が入り混じった感情の処理に困る日々を送ってきた。少し言い訳じみているが、この処理に困る感情をなだめるための弁明を試みておきたい。

長い段落だが、一体何があったのか、と期待を抱かせる書き方になっている。