「メタ・ユートピアの構図 ロバート・ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』 再読」

『情況』1996年8・9月号に掲載。 from 稲葉振一郎のホームページ

以上のごとき経緯のゆえに、『アナーキー・国家・ユートピア』という著作の説得力は、ドグマの提示としても社会理論としても、かつてに比べると減じてきていることは否めない。私はそれゆえに本稿冒頭で「やや古くさい」と書いた。それはもはや最新ファッションからは外れている。だがなお本書において決して古びていないもの、それどころかなお時代に先んじ続けているものもたしかにある。それは何か? 

from 同上 2002年11月26日

Robert Nozick, Invariances: The Structure of the Objective World, Harvard U.P. を折に触れてめくっている。前書きに執刀してくれた医師たちへの感謝の言葉が連ねられている。彼らがいたからこそ、ノージックはこの本を出版するまで生きていられたらしい。
ノージックという人はここにもあるとおり、 "I didn't want to spend my life writing 'The Son of Anarchy, State, and Utopia.'"と語ったそうで、事実「論敵」ロールズが生涯をchildren of 'A Theory of Justice'に費やしてしまいそうなのと対照的に、好きなことを書いて生涯を終えたようだ。そして我々も、彼のそういう面をもっと評価すべきであろう。
この遺著にせよ、あるいはその前編ともいうべき大著『考えることを考える』青土社)にせよ、ノージックの作業の基本線は時節はずれの妄想的なまでに壮大な体系構築にこそあって、それに比べればアナーキー・国家・ユートピア木鐸社)などはあくまでも傍流の仕事と見た方がよいかもしれない。Invariances にせよ『考えることを考える』にせよ、存在論形而上学から認識論、心の哲学・行為論、そして倫理学、と古典的な(19世紀あたりまでの?)哲学の主題をすべて包括して、ひとつのトータルな世界観を打ち出した仕事であり、昨今では他にあまり類例を見ないものである。このような本を臆面もなく書いてしまうところにこそ、まさにノージックという人の奇矯で愛すべき個性がもっとも強く伺われるのではないか??などと考えつつ、Invariances で触れられていたリー・スモーリン『宇宙は自ら進化した ダーウィンから量子重力理論へ』(NHK出版)なども買ってしまったのである。