【東浩紀】匿名は本当に悪か?

7月8日 07:00トレンド:オピニオン【東浩紀】匿名は本当に悪か?
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いずれにせよ、ここで注目してほしいのは、市場とは、本質的に、価値判断を共有しない人間のあいだで行われるコミュニケーションの場だということである。ここに匿名がもつ両義性を解く鍵がある。
 共同体の成員は価値判断を共有している。裏返していえば、価値判断を共有していない人間は共同体の成員ではない。したがって、共同体内で完結するコミュニケーションにおいては、参加者が名前を顕し(顕名になり)、参加資格を呈示することが重要になる。私はだれで、あなたはだれか、ということが、コミュニケーションの質を維持するうえで決定的なものとなる。政治的な意志決定や美的判断において、顕名にならないと信用されないのはこのためだ。
 しかし、市場は共同体と共同体のあいだに成立する。市場の参加者は、そもそも各自異なった価値判断をもっている。したがって、相手が顕名になってもそれがなにを意味するのかよくわからない(どこどこのムラの誰某だと言われても、違うムラの人間にはよくわからない)し、逆に相手が匿名でもあまり気にならない。だからこそ、財の交換においては顕名は小さな役割しか果たさないわけだ。
 まとめよう。私たちは顕名的なコミュニケーションと匿名的なコミュニケーションの双方を必要としている。その理由は、私たちが、共同体の内部でのコミュニケーションと外部(市場)でのコミュニケーションの両者を必要としているからである。