『情報操作のトリック その歴史と方法』(講談社現代新書)

川上和久 著(明治学院大学法学部教授)
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川上教授によれば、アメリカは第二次大戦中に「宣伝分析研究所」において情報操作の研究を行い、政治宣伝のための「7つの法則」を見いだした。この法則は、現在でも情報操作を行う際の基礎として用いられているという。
実は今回の対アフガン戦争においても、この法則はぴったりと当てはまる。個別に検証してみよう。
法則(1)「ネーム・コーリング」
 攻撃対象の人物・組織などに対し、憎悪や恐怖の感情に訴えるレッテルを貼る。「独裁者フセイン」など。今回でいえば「凶悪テロ組織アルカイダ」、その「首魁ビンラディン」、「非人道組織タリバン」といったレッテルがそれだ。メディアによって繰り返し流されるステレオタイプの情報により、人々は対象に憎悪を深めていく。
法則(2)「華麗な言葉による普遍化」
 飾りたてた言葉で自分たちの行為を正当化してしまうこと。作戦名「不朽の自由」だとか、「自由と正義を守るための戦い」とか、文句のつけようのないフレーズを強調し、共感を煽り立てる。
法則(3)「転換」
 さまざまな権威や威光を使って、自分たちの目的や方法を正当化する手法。国連安保理事会でのテロ非難の緊急決議(9月12日)を受けるとか、NATO集団的自衛権の発動合意(10月4日)を得る、などの方法だ。
法則(4)「証言利用」
 尊敬され権威のある人物に自分たちの正当性を証言させること。たとえば、同盟国の英ブレア首相に「ブッシュ大統領の全面支援」を明言してもらったり、大国・ロシアのプーチン大統領の支持を勝ち取るなどという行為だ。
法則(5)「平凡化」
 権力を握っている者が、自分も大衆と同じ立場であることを強調し、安心感や共感、一体感を引き出すテクニック。ブッシュ大統領は演説で必ず「われわれ」という言葉を使う。また、テロの現場に赴き消防隊員と肩を組んでみせたりするのも「私も一いちアメリカ市民だ」と強調するパフォーマンスだ。
法則(6)「いかさま」
 文字どおり、都合のいいことは強調し、不都合なことは矮小化したり隠蔽する悪辣な情報操作。ピンポイントでトマホークが命中した軍事施設や空港の写真は公開するが、誤爆した民家の写真は絶対に出さない、など。
 ビンラディン氏を最初から犯人と決めつけている手法も、現状では「いかさま」と言われかねない。
「通常は、あらゆる可能性を考慮したうえで、証拠を次第に積み重ねてそれらをひとつひとつ排除していき、最後に犯人を特定するものです。なのに今回は、事件直後にまっさきに名前が上がった人物をいきなり主犯と“確定”しています。これでは、『実はアメリカ政府はテロの発生を事前に知っていたのに、軍事行動のためテロリストを泳がせていた』というような疑いが出ても仕方ない」(川上教授)
法則(7)「バンドワゴン」
 皆がやったり信じていることを強調し、大衆の同調性に訴える手法だ。たとえば、米国民の90%がブッシュ大統領を支持しているという世論調査を強調し、だからブッシュは正しいのだという方向に導き、反論は封殺してしまう。
 アメリカがこうした情報操作を行っても、それが戦時中にバレて政府が糾弾されるということはほとんどない。たいていは、戦争が終わってしばらくしてからメディアの検証番組などで「実は」などと発覚したりする。
 湾岸戦争の際の有名な情報操作の例に、「少女ナイーラの証言」というものがある。「イラクの非道な攻撃に晒されたクウェート難民の娘」と称する健気けなげな少女ナイーラが、イラククウェート侵攻直後、米国下院で全世界のメディアを前に証言をした。
「私は命懸けでクウェートから脱出してきました。イラク兵は未熟児保育器から赤ちゃんを取り出し、冷たい床の上に投げ出して死なせています」
 この証言により、アメリカの世論は沸騰した。全世界の反応も同じだった。イラクフセイン大統領は史上最悪の残虐な暴君というイメージが広まり、イラク空爆に誰も異論を唱えなくなった。
 ところが、なんとこの証言はヤラセだったのである。「ナイーラ」は実は駐米クウェート大使の娘で、イラクの侵攻時にはクウェートなどにはいなかった。そして「赤ちゃん殺しのイラク兵」という証言は、米国大手広告代理店が演出して彼女に証言させたものだったということまで明らかになったのである。
 また、当時「イラクペルシャ湾原油を放出したため油まみれになった水鳥」の映像が世界中に流された。これも、イラクではなく実はアメリカ軍が原油貯蔵庫を爆破した結果の悲劇ということが後に判明している。