言語理論の対立軸

中村渉研究室日誌 2004年06月28日 HPSG(そして言語理論)の将来
http://blog.livedoor.jp/wnmtohoku/archives/3482087.html

HPSG(そして言語理論)の将来 ※適宜改行を入れました。
私は、言語学者として、いくつかの言語理論や学会のメーリングリスト(メーリス)に加入しています。数日前に、HPSGのメーリスへ最近のHPSG学会へのアブストラクトの投稿数が少なくなっているから、何とかしなければという趣旨の危機感にあふれた投稿があり、それに対して、マーケティング活動をしなければ、という応答もあり、そもそもアブストラクトの質が高くなくては、数だけ多くても意味がないとの正統派の反論もありました。

(中略)こうした情報インフラが日本国内に決定的に欠けています。となると、日本人言語学者が国内でできることとして、理論的研究に走ってしまうのもやむを得ないのかも知れません。この文脈で、HPSGリストの投稿を考えてみると、暗澹たる気持ちになります。

統語論に魅力が無くなっている主な理由の一つは、理論の乱立ということではないかと思います。乱立といっても、主な対立軸は、生成文法のような複数の統語論的な表示を認める文法理論と統語表示としては単一レベルしか認めず、平衡に存在する意味論・情報構造と統語構造間に対応関係を想定する単一化文法(HPSG、LFG、構文文法、認知文法、Role and Reference Grammar、Word Grammarが含まれます)なのですが、両方の間に収斂が全くなく、両陣営がお互いに我が道を行くといった感じで研究を進めている状況です。

日本には、生成文法認知言語学という2つの派閥があって対立をしているのですが、これは日本国内固有の対立であって、欧米では言語理論の対立軸は生成文法HPSG(かそれに代わる単一化文法)です(ついでながら、意味論でも、欧米では普通に「意味論」というと、日本でいう所の「形式意味論」か「哲学的意味論」を指しますが、日本で「意味論」というと、それは通常「認知意味論」を指しています。留学した人はすぐに気づくことになりますが、日本と欧米では、意味論のデフォルトが違っているのです)。

結局、ブレイクスルーが来そうにないことが派閥闘争に明け暮れる感のある研究の現場を見ていると分かるので、研究者が漸減しているのではないかと思います。HPSG自然言語処理に関しては多大な貢献をしたのですが、その一方、言語習得に全く関心を向けなかったり、類型論的な視野が狭かったりしたことは、確かに問題ではあるのですが、問題の根(表面的には、HPSGアブストラクトの投稿数の漸減として現れていますが)はもっと深い所にあると感じました。

※ LFG=Lexical Functional Grammar、HPSG=Head-Driven Phrase Structure Grammar